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NiCCA POCCA

愉快と笑いを探し求める学生です

東和歌山風土論

 和歌山県とは、大阪・兵庫・京都など癖の強い府県に囲まれた惨めな県である。”京都”という自己主張の激しい府にお株を奪われた奈良と過酷な近畿地方で身を寄せ合って生きているのだ。今回はそんな和歌山の中でも埋もれに埋もれている東和歌山についてお話ししたい。

 和歌山県と言えば皆さんは何を思い浮かべるだろうか。梅干し、蜜柑、パンダ、高野山、そんなところだろう。和歌山はこの程度しか特徴がないが、これらの特産品はすべて南和歌山にしか存在しない。アクセスが極端に悪い癖に特産品をすべて持って行っているとは何事だろうか?白浜の奴らは断罪されるべきである。

 では東和歌山に和歌山としての存在意義はないのだろうか?

 そんなことはない。近畿地方で完全に埋もれている三重や滋賀などとは比べものにならないほどの存在価値があるだろう。

 理由としてまず”森田とし子”が常駐していることがあげられる。

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 森田とし子とは近畿地方のビックファーザーと呼ばれており、プライドの高さだけは老舗級の京都府の知事になる男・山田啓二にすら恐れられている存在である。森田とし子のプライドの高さはエベレストに引けをとらない。彼女と話していると呼吸が苦しくなってくるのはそのためだろうか。そのためだろう。

 故に、森田とし子と会話をする際は細心の注意を払わなければならない。彼女の気に少しでも触れてしまうと、通称”グリーンルーム”という一面緑色の空間に投獄され、娑婆との生活に今生の別れを告げることになりかねないのだ。何が悲しくて近畿一目に優しい空間で生涯を終わらせなければならないのだろうか。森田とし子、恐ろしい女である。

 さて、この森田とし子が何故東和歌山の存在意義の理由としてあげられるのかをお話ししよう。

 しかし時間がないので、今回はこの辺りにしようと思う。今日はこのような論文を読んでいただいたことを、本当にありがたく思う。皆さんに敬意を込めて次回はこの続きを話そうと思ったが気が乗らないので、私が開発した新言語”ブルジョアライダー・ココイチ語”についてお話ししようと思う。では、また。